まずはじめに、私、桧山進次郎のために、このような引退セレモニーを開いていただいた阪神球団の関係者のみなさん、本当にありがとうございました。そしてまた、このセレモニーに参列していただいたジャイアンツ球団のみなさん、そしてジャイアンツファンのみなさん、ありがとうございます。1992年5月30日、伝統あるタイガースのユニホームに袖を通し、この聖地・甲子園で僕はデビューしました。結果は三振です。振り返れば、小さい頃から兄の背中を追い続け、今まで野球をやってこれたのも、丈夫な体に生んでくれた両親のおかげです。そしてまたどんな時も明るく接してくれた家族。ありがとう!22年間、いいときも悪いときも、温かい声援を下さったファンのみなさん、代打桧山をコールされたとき、地響きが起こるような温かい声援を下さった。どれほど勇気をもらったことか。一生忘れません。今日ここまで、みなさんとともに2回のリーグ優勝を、僕は手に入れました。しかし日本一という称号はまだ手に入れていません。この忘れ物をいつか必ず取りにいきます。そのときはまた、ファンのみなさん、タイガース球団のみなさん、一緒に戦いましょう。本当に僕は幸せものでした。22年間、ありがとうございました
10/06/2013
阪神タイガース・桧山進次郎選手(44)引退セレモニーでのあいさつ全文
阪神タイガース・桧山進次郎選手(44)引退セレモニーでのあいさつ全文
まずはじめに、私、桧山進次郎のために、このような引退セレモニーを開いていただいた阪神球団の関係者のみなさん、本当にありがとうございました。そしてまた、このセレモニーに参列していただいたジャイアンツ球団のみなさん、そしてジャイアンツファンのみなさん、ありがとうございます。1992年5月30日、伝統あるタイガースのユニホームに袖を通し、この聖地・甲子園で僕はデビューしました。結果は三振です。振り返れば、小さい頃から兄の背中を追い続け、今まで野球をやってこれたのも、丈夫な体に生んでくれた両親のおかげです。そしてまたどんな時も明るく接してくれた家族。ありがとう!22年間、いいときも悪いときも、温かい声援を下さったファンのみなさん、代打桧山をコールされたとき、地響きが起こるような温かい声援を下さった。どれほど勇気をもらったことか。一生忘れません。今日ここまで、みなさんとともに2回のリーグ優勝を、僕は手に入れました。しかし日本一という称号はまだ手に入れていません。この忘れ物をいつか必ず取りにいきます。そのときはまた、ファンのみなさん、タイガース球団のみなさん、一緒に戦いましょう。本当に僕は幸せものでした。22年間、ありがとうございました
まずはじめに、私、桧山進次郎のために、このような引退セレモニーを開いていただいた阪神球団の関係者のみなさん、本当にありがとうございました。そしてまた、このセレモニーに参列していただいたジャイアンツ球団のみなさん、そしてジャイアンツファンのみなさん、ありがとうございます。1992年5月30日、伝統あるタイガースのユニホームに袖を通し、この聖地・甲子園で僕はデビューしました。結果は三振です。振り返れば、小さい頃から兄の背中を追い続け、今まで野球をやってこれたのも、丈夫な体に生んでくれた両親のおかげです。そしてまたどんな時も明るく接してくれた家族。ありがとう!22年間、いいときも悪いときも、温かい声援を下さったファンのみなさん、代打桧山をコールされたとき、地響きが起こるような温かい声援を下さった。どれほど勇気をもらったことか。一生忘れません。今日ここまで、みなさんとともに2回のリーグ優勝を、僕は手に入れました。しかし日本一という称号はまだ手に入れていません。この忘れ物をいつか必ず取りにいきます。そのときはまた、ファンのみなさん、タイガース球団のみなさん、一緒に戦いましょう。本当に僕は幸せものでした。22年間、ありがとうございました